• No.3006576
    匿名

    発達障害って最近よく聞くけど、社会的に自活できてたらそれで十分よね

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    匿名

    なんとか自活できてるけど人一倍の努力と苦悩があるんだと思う。
    みんなが簡単にできることが難しいから。

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    匿名

    当事者がそう思ってるならいいけど、他人が安易に言えることではないと思う。

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    匿名

    自活できてたとしてもしんどい。
    発達障害じゃなくても辛いけどさらに辛さは大きい。
    だから「それで十分」というのは違う気がする。

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    匿名

    自活できるかどうか、ある程度まで育たないとわからないだろうし、本人とその家族が大丈夫と思うのと、周りが思うのと違う部分もあるし。

    親は『この子は個性は強めだけど自分のペースでやれます』とか、いつも笑顔で周りを明るくしてくれますって言ってたりしても、周りは理解できなければなかなか難しい。

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    [5]
    匿名

    診断を受けたわけではないけれど、グレーの人や軽度の人なら世の中にたくさんいると思います。つまり、障害を抱えてても社会人として生きてる人はたくさんいます。
    近年発達障害というワードが注目されたから認知度も上がった半面、あの人もこの人も発達障害ではないか?と、自分に不都合な相手に障害のレッテルを貼る人まで出てきてしまったけれど。世の中は近眼含め程度の差こそあれ、いろんな障害の人が生きている。発達障害もその一つというだけのこと。

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    匿名

    それが難しいから障害なんでしょ

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    匿名

    生きづらさを感じるから障害なんであって、仮に何かしらの問題があっても本人が気にしなければ障害じゃないんだよ
    個性と障害は明確なボーダーがないからね

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    匿名

    最近多いよね
    程度の差こそあれ
    周りはちよっとしんどいかなぁ

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    匿名

    その人と、周囲の人たちとのすり合わせが大事になると思います。
    誰のことも切り捨てない社会を目指すなら、クセがスゴ過ぎて、周囲がその人への関わり方がよく分からない、といった場合に、周囲とその人とが話し合って、お互いに可能な限り相応の対処をして、それでも改善できなければ、「困り感あり」ということで、医療機関でその人がそれなりの診断をもらい、その人も周囲も理解をし合う努力をその後も継続させる、というのが理想かと思います。
    この理想を実現させられれば、日本も福祉的に成熟していけるかと思います。

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    [10]
    匿名

    発達障がいの特性なんて、多かれ少なかれ、生き物なら全員持っていると思います。
    「私は健常者。障がい者じゃないから、そちらの世界はよく分からない…。」という無意識な差別意識こそが、健常と障がいといった二項対立を生んでいるので、人類含め生き物は全員、「程度の差こそあれ」障がい者である、と見た方が自然かと思います。
    障がいの診断がおりている人は、「程度が、支援をもらう程度に強めに出ている人」なだけだと思います。

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